2016
2
Feb

アメリカ、 個人的な話

フォトグラファーとしての原点③

S-Wildfire

そんな折、近くの山で自然発生的な山火事が起こり、その一帯の住宅を何十棟と焼き尽くしてしまうということがありました。

そこでクラスメイトとフォトエッセイの課題のために、一緒に撮影に出向いたたのですが、火事の現場、焼け跡というのは、おどろおどろしいものです。粉々になったカップ、痛々しい火傷を負ったイスが鉄くずの残骸となって、敷地の真ん中に残されており、自然と戦場を思い起こさせました。しかし不思議と、カメラを構えていると、何かに自分が守られているような安心した感覚があり不思議でした。きっと戦場カメラマンという人たちも、同じような感覚でいるから、ああいった地に赴けるのではないでしょうか。

 

ただし、そうした焼け跡の姿は、インパクトはありはすれ、写真に収めても生々しいものばかりで、普通の人は目をそむけてしまうだろうと思いました。

人がほとんどいない中、一体何を撮ればいいのだろう?何をここから伝えればいいのだろう?と自問自答しながらクラスメイトとは別れて、一人で歩きまわっていた時、ふとみると、目に飛び込んできたのがこの光景でした。頭の中に稲妻のような衝撃が走り、夢中でシャッターを切らされました。
絶対に「撮るべき!」と心の底から思った瞬間だったのです。

 

この写真の他にも、焼け跡の中で、半分焦げながらもどうにか生き残った植物たちなどを、フォトエッセイを完成させて、先生に提出しました。

 

結果、先生からの評価はC-でした。

人がほとんど映っていないものは、ニュース向けの写真としては価値がないという理由です。今思えば、妥当な評価でした。


でもその時の自分には、先生からの評価より大切なものがあったのです。

それは、自分の心が真に動かされるものを見つけることでした。

 

先生の評価は良くありませんでしたが、私はこのフォトエッセイの製作を通じて、自分が何かを掴んだことを肌で感じていました。

なぜなら、写真を見せたクラスメイトの反応がこれまでと全く違ったからです。
結論として言えることは、自分が撮りたいと思うものを撮る!

伝えたいと思うことを伝えるために撮る! ということです。


周りの人は、このように撮らなくてはいけない、というかもしれません。でも、それがあなたが撮りたくないものだったら、撮りようがないのです。

 

自分の心に、正直に耳をすますと、深みのある、感情のこもった写真が撮れます。また、他人の写真から感じるものにも耳をすますことで、自分が目指しているものが何か、段々わかるようになってきます。

 

写真とは、よくよく見ると、語りかけてくるものなんです。
ストーリーを、語ってくれるのです。

ファインダーを覗きながら、目の前に広がる一場面が、あなたに何を語りかけてくるのか、考えてみましょう。

その景色に、その中のものに、問いかけてみましょう。
何か、答えを教えてくれるかもしれません。

 

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